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【2021/11】コラム

2021/11/24 未来への余力

先日、長女の幼稚園発表会も無事に終わり、今年の大きな行事は無事行うことができました。
小学校も幼稚園も感染対策のため、人数制限や入れ替わり制にしたりと工夫をしていただいた先生たちに感謝します。

長女は赤ちゃんの頃からずっと世話してきたので、よくここまで出来るようになったなぁと感慨深いものがあります。

結婚して子どもを育てていて、自分の価値観が一番変わったことは、自分のことよりも子どもたちのことを最優先して考えるようになりました。
ニュースなどは「今のこと」を取り上げていますが、私には「今これが起きることによって子どもたちの世代の頃どうなるのか」
ということが必ず頭をよぎります。
子どもたちの世代のこととはいえ、長生きする時代になりましたから、
当然自分たちの世代も関係してくることになりますので、
違った立場で関わっていくこと、親世代、子世代それぞれについて考えていかなければなりません。
少子高齢化が進んでいる以上、今の大人たちよりも子どもたちの方が大変になっていくことは明らかですので、
「俺たちの時代は苦労してきたんだ!」
なんて絶対に言えません。
先の世代を少しでも楽をさせてあげようと思うのであれば、現時点で倍以上の苦労をしておく必要がありますが、
今この世の中でその苦労ができる「余力」のある人はいないと思います。

現代人は仕事でも生活でもやることを「選択する余裕」は少なく、その日その日を、
「全力投球」している方が多いように思います。
その結果としてややキャパオーバー気味といいますか、パソコンやスマホでいうところの容量ギリギリで動きが重い状態に近いのでないかと思うのです。
その状態では「新しいことを覚える」ことがそもそも負担としか感じられませんし、
いつまでもアップデートできないOSのようになってしまいがちです。
ですから「取り入れてみてから選択する余力」を持つことに努力しなければならないと思うのです。
「余力」がなければ「視野」がせまくなるとも言えるでしょうか。

国民の「余力」が残されないくらい取られているものの代表として、税金がありますが、
政府の税金の使い道が問題として、連日ニュースで取り上げられていますが、
子どもが親の財布からこっそりお金を取っていくような税金の取り方で、
その子どもにそのお金の使い道について文句言っていてもあまり事態は変わらないと思います。
なぜなら親の財布から取ったお金を、
人の役にたつことに使ったり、
真面目に寄付したりするわけないと思うからです。
ロクな使い道でないのであれば、
取られないように自衛するか、
取らないように躾をするかどちらかになるのではないでしょうか。

教育を学校だけに任せていて、放任していれば子どもはどうなるのか。
子どもを蔑ろにすれば、未来の世の中はどうなっていくのか。

子どもたちのこと、政治のこと、税金のこと、人任せにしていられないのは明確で、
昭和、平成の時代に育てられてきた私たちならば、
自ずと答えは体感してきたことにあるのではないでしょうか。

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2021/11/17 御手盛

コロナ感染者数がぐっと減りましたが、
テレビでは税金の使い道がこれでいいのかと思わされる内容、
電車内での犯罪、
コロナ支援金、給付金これらを騙し取っての逮捕者。
震災の時なども義援金、募金詐欺などがあったようです。
子どもたちと一緒にニュースを見ながら、
悪いことをしている人は逮捕された人、
つまり誰にでもわかる輩のような無法者だけがすべてではないということは教えています。

人間は基本的には忘れる生き物で、
喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉がありますが、
生活をしていく上で、決して忘れてはいけないこと、
私たちは震災やコロナで受けた苦しみを忘れないよう、出来るだけ防げるように、
今後に向けての対策を考えていくために、
「教訓」として心で記憶に刻みこんでいます。

では生活で必要不可欠なはずの政治を決める選挙では一体なにを「教訓」としていくのか、
私たちは次やその次、子どもたちの代での選挙のために、
今すぐ目に見える結果にはならずとも、
考えていかなければいけないのではないでしょうか。

というのも、
選挙が終わったとたんに早速言ってることを変えている人達がいます。
あくまでも世帯主へのということで「子供給付金」なのに親の年収で制限している上、
半分の現金5万円を年内で、来年に5万円分クーポン?
同じ額面の現金とクーポンだったらどちらが嬉しいのでしょうか。
多くの国民は現金でしょう。
なぜ時期を遅らせてまであえてクーポンにするのか?
本気で国民が喜ぶからと考えたからなのか、
特定の団体向けなのか、
中抜きしたいからなのか、
その真実はそれを決めた人達にしかわかりません。

とある事柄を「額面通り」に受け取れるほど世の中甘くはないと、年齢を重ねるごとに強く感じるようになりましたが、
まさにニュースで話題になっている文書通信交通滞在費、
(全員が一律100万円キッチリ仕事で使い切っているのでしょうか?私事に使っていれば横領にならないのか不思議です)
これもある程度政治家がそれぞれ自由に使えるというところからも、
国民の血税を自分たちの第2の財布あるいはATMだと思っているような節が感じられます。

税務などでは国民から税金を取るときには厳しく、
「社会通念上相当と認められるもの」
とよく耳にしますが、
税金を使うときには、
「社会通念上相当と認められるもの」
と国民が思えないものは改善すべきだと思います。
少子高齢化社会で税金がますます働き手にかかってくる世の中で、
更にコロナ禍で収入が減ったところが増え、様々な値上げにより支出は増え、
いい加減使われている税金の見直しはどんどん国民から指摘していかなければ、一向に変わらないのではないでしょうか。
子どもからも消費税をいう税金を取っているのですからキチンと子どもにも説明できる使い方を示していただきたいです。

原油価格が上がり、
ガソリンの他に灯油も多く使う東北は、
価格自体の増加に伴い、更に多くの石油税と消費税を支払うことになるため、財布に大打撃なわけですが、
トリガー条項の凍結解除できない理由はなんなのか、もう少し具体的に説明していただきたいものです。
業界への支援は検討しても、一般市民に関しては出来ないのはなぜなのか。
税収が減るのは困る、支援する費用が無い、
そんなことを理由にするのであれば、
一般の家庭は費用が無いなら、
無いなりにまず無駄な支出を工夫して倹約し、費用を捻出します。
そうやって決して安くない車税を払っている方々は少なくないと思いますが。

税金を使っているのであれば、本当に必要な経費だけに絞り込むことを最優先の仕事とし、
削減できた経費はぜひ国民に一律給付なりで返還していただきたいものです。
人の金ばっかりあるなりに使ってそれを仕事とはさすがに社会人としてはいえないのではないでしょうか。
ボランティアでやっているのであればともかく、ある程度しっかり給料をもらっていながら、
自腹切ってやるようなことを親(国民)に小遣いをせびるような感覚に近いように思えるのです。

ちなみに今回費用についておかしいと指摘した議員さんは正義感があり、素晴らしいと思いますが、
問題なのは一回受け取ったにも関わらず、問題になってから後出しで、
新人分だけ寄付で片付けようとしている方々、本当に今やるべきことはそれだけでいいのでしょうか。
そもそも寄付は税金を払った国民に直接返ってくるわけではありません。

半ば強制的に資金を集めるだけ集めておいて、
用途を指摘されたら元々のところには返さずにどこかに寄付で丸投げ(ドヤ顔で)しとけばいいなんて、
(コロナ禍で自分の懐から寄付している余裕のない人が多くいる中、人の税金を勝手に)横流ししているのに近い、
まるでそれこそ無法者のやるようなことではないでしょうか。

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2021/11/10 人の事をネタにして飯のタネにする人

小学校でいじめについてのアンケートが配られたようですが、
我が家ではいじめについて、
兄弟でもそれぞれ考え方が違うようで、
そんなのはいじめにならないでしょー
という割とおおらかに考える長男と、
こういうちょっとしたところからいじめになることもあるかもしれない!
という細かく、慎重に考える次男と、
兄弟で書いたあと議論していましたが、
同じ家庭で育てていても、性格が違うのだから捉え方も違うものです。

長男の学年は3クラスでひとクラス定員ギリギリの40人前後と、今どきにしては多く、
次男の学年は4クラスでひとクラス30人以下で、最近ではこれくらいの人数のクラスが多いのではないでしょうか?
クラスあたりの人数が10人以上違えば、性格とは別に、クラス内でのひとりひとりの距離感や考え方にも影響があるかもしれません。

私たちの頃は皆が先生の言うことを聞くことが当たり前で、皆、先生に怒られるのがとにかく怖かったので、
それなりにそれぞれが我慢し、周りがそれぞれで注意しあって、面倒事を起こさないようにするというのが暗黙のルールでした。
地域差の考え方もあるかもしれませんが、
子どもは子ども同士で解決するように!
と親が間に入ることはほとんどありませんでした。

今は、それぞれの児童や生徒の考え方、権利を尊重してそれぞれの話を聞かなければいけないので、先生がダメと言ったらダメなんだ!の押し通しができないため、
先生も気苦労が耐えない状態ではないでしょうか。

いじめの定義としてわかりやすいのが、仲間外れにしたり、横取りしたり、
そういったことがアンケートにも例として書かれていましたが、
大人の社会でも結構よくあることではないかと思うのです。
派閥、権力闘争、談合、ピンハネ、
権利、権力、立場を「飯のタネ」として生活している人は、
直接でなく間接的に関わっていることを含めればかなりの数、仕事として日常的に行われていることではないでしょうか。

子どもというのは親の鏡とも言われるように生活姿を本当によく見ていますから、大人が過ごしている社会を大人以上に感じ取っている部分もあるかもしれません。

近年、何かと権利を主張する場面をよく見るようになりました。
大人の社会では○○ハラスメントが色々出てきますし、
子どもの社会ではいじめ問題があとをたちません。
我慢せずに訴えるべきという時代ですから、
問題としては様々なことがこれからもどんどん増えてくるように感じます。

とはいえ、
世の中人は生まれながらにして理不尽なことはたくさんあります。
子は親を選べませんし、
性別も容姿も名前すら自分で決められません。
わかりやすい例えとして、
現代はある程度お金に余裕がある暮らしをしている人が生きやすい世の中とされていますから、お金持ちの家に生まれてくることは幸せかもしれません。
しかし、その親が汚職にまみれた仕事で他人を破産、破滅させ続けることでその生活が維持できているとなれば、
その子どもは本当に幸せなのでしょうか。
他人からは本人に自覚のない妬み、恨みを受けるかもしれません。

また優れた経営手腕の親の会社で、
表立って何も悪いことはしていなかったとして(それを判断するのは誰でしょうか?)
その会社を継ぐことのストーリーが決まっている人生はその子にとっては自由度の低い人生かもしれません。

他人の目からすれば一見羨ましいような生活、
人によっては妬ましいとされるかもしれませんが、
本人からすればそれが苦労になることもあります。

血の繋がった親子関係ですら、感じ方ひとつでありがたいと感じるのか、あるいは悩みだと感じるのか、状況や性格によって感じ方はその時々です。

私自身にしても、珍しい名字の家庭に生まれてきたことで、
幼少期からずっと、自己紹介で珍しいねーと変な目立ち方をし、
小学生になれば、
上級生からは名字が珍しいというだけで目立ってんじゃねーと因縁をつけられ、
社会人になればなったで、
接客業という仕事上名札を必ずつけなければいけませんから、
面白いね〜!
どこの出身?
有名なスポーツ選手の親戚?
おそらく聞いている人からすれば、ただの疑問かもしれませんが、日々聞かれ続け、何かしら答え続けるだけでも、
相当ストレスですし、時間だけがとられ、その時間はまさに1円の得にもならないことです。
結婚したタイミングでようやく妻の姓にする選択もできたのですが、
身体同様に名字も名前も生まれ持ったものですから、何だかんだと愛着もわくものですし、メリットもあるもので、
珍しいことですぐ覚えてもらえることと、
タイトルのような「ネタ」探しをしてくる人がすぐ判別できるので、距離を取るのに便利だったりもします。

ですから私自身、街頭で人の名字を珍しいというのはやめましょう!
とか叫ぶ必要や意味はないわけです。
珍しくない名字の人からすれば全く自分には関係ない話ですし、
「ネタ」にしたがる人からすれば「ネタ」にできることを「ネタ」にして何が悪いのか理解できないからです。

発信できる時代だからこそ「主張」することにフォーカスされ気味で、
もちろん大きな団体で問題提起すれば、
メディアが取り上げ、社会で問題として取り上げるかもしれませんが、
目立つことによって、それで困る人がいるのかと悪意のある人間に嫌がらせをさせる材料となる場合も少なからずあるわけです。

私の話の例もそうですし、
いじめをする人が他人の「ネタ」探しをするのと同じです。

問題を自分自身と向き合い、乗り越えるか、
問題提起をし、他人にわからせ、認めさせるか、やり方は個人の自由ですが、
「主張」が個人でなく団体ともなれば、それが「ネタ」として実は団体活動の「飯のタネ」に利用されている可能性があるということも忘れてはいけません。

人を幸せにする「ネタ」で飯を食う人、
人を不幸せにする「ネタ」で飯を食う人、
同じ「ネタ」という言葉でも笑えない理由は、そこに「思いやり」が足りていないからで、目に見えない推し量りのことですから、
それはアンケートでもわからないことです。
それを子どもたちに教えていくのは大人の仕事であり、男女関係なく、言葉ではなく、背中で語らなければいけないことなのかもしれません。

それにしても、
18歳以下の子どもに給付金、クーポン等の話が出ていますが、なぜ国民一律10万円にしないのか。
コロナ禍での困窮者向けの支援は現在行われていますが、
生活必需品である、
食品、ガソリン、電気ガス料金など様々なものが値上げされ続け、全ての国民はずっとその影響を受けていますし、これからも当分値上げは続くでしょうから、
今までの値上がりによる負担分の補填、当面の生活補助費として一律給付してもいいと思うのです。
貯金に回るならそれはそれで必要なはずです。
多くの人々に貯金があるからここまで乗り切れているとは考えられないのでしょうか。
貯金がなければ急な支出に対応できませんから借金をし、返済できなければ精神的にもつらい上、生活が破綻します。
現在生活保護の相談件数が増えているようですが、そうなればさらにそこに税金が投入されることになります。
要件を満たせなければ親族にさらに負担が乗ってくることになります。

子育て世代への施策というならば、
仙台市では給食費値上げがありましたが、
自治体任せで、給食費用や業者などバラつきがあることが疑問ですし、
給食費全国無償化など、コロナ禍に関係なくやれることはたくさんあるはずです。
一時的では一時しのぎでしかないわけです。
18歳以下子育て世代(大学生の子どもはかなりお金かかりますがなぜ18歳以下なのか?)支援策は本当に子どもたちやその親の生活を考えたことなのでしょうか。
むしろ、違った意図があるように思えるのは私だけではないはずです。

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2021/11/03 頼芸求食

選挙も終わり、期間中あちらこちらで選挙カーの声が聞こえていました。
たくさんの人、宣伝車、その活動に伴うお金。
コロナ禍でリモート推奨され、オンライン化が進む中、活動方法はまだまだ昔からほぼ変わりない方法で行われています。
変わらない方が有利な理由があるからだと思います。
当選した方、
落選された方でも、潤沢な資金、コネをお持ちの方は良いですが、
そうではなく落選した場合、
無職になったり、選挙の資金の支払いに追われたり、
その後の生活に支障をきたす場合が多いのではないでしょうか。
選挙は当選した側ばかりフォーカスされがちですが、
落選した方々のその後の苦労についてはほとんど注目されることはありません。

世の中を変えたいと思う気持ちがあっても、多くの方が選挙に出ない、出れない理由は、
もし落選したら、を考えたらメリットよりもデメリットの方が大きいからではないでしょうか。
働き盛りの世代で、今の仕事に責任ある立場で、なおかつ家族を養っている状態で、
選挙に出ようという人はほとんどいないのではないでしょうか。
つまり今の選挙方法では限られた条件が整った人以外、立候補することからもはやハードルが高いわけです。
投票するべき先、選択肢があまりに狭すぎることにより、自分たちの世代の声を候補者としてアピールすることもできず、
それも若者の投票率の低さに表れているのではないでしょうか。

また選挙では自らと応援してくれる団体で、
その後の進退をかけて、
立場や資金をフルに使って活動する、
「自分ごと」ですから、
必死に活動するのはよくわかります。

では、当選して税金を使って仕事をする場合、
国民から集めた税金、他人のお金を使えばそれは「他人ごと」になりはしないでしょうか。
あるいは他人のお金を使って「自分ごと」のように功績をアピールするようになりはしないでしょうか。
他人の金を右から左へ動かして利益を得る、
なんだかトレーダーのように感じなくもないのですが。自分自身や会社の仕事としてならばいいですが、
強制的に集められた税金で、ですからいい気はしません。
市場で莫大な資金を動かし、それに応じるかのように多くの企業や人々が一往一来している様子は選挙の時も同じように感じます。

ちなみに市場には、
「仕手」という言葉がありますが、
仕掛けた一部の人は多額の利益を得られますが、その他大勢の人は当然損害を被るわけです。
ですから市場では様々な知識、経験、当然日々のチェックが欠かせないのです。

同じように選挙で当選した人に一票を投じた場合は、
税金の動きに少しでも関わるわけですから、
市場と同様、投じた以上はその後の動きを最後まで責任を持ってチェックしておかなければ、
結果として「為て遣られた」ことに、
後々気付いても時すでに遅しということになるのです。
集めた税金の分と同じだけ、それ以上に、国民に何をしてくれるのか。
コロナ禍で仕事が減り、生活費すらままならないような状態の人が多くいらっしゃるのは、もはや誰にでも想像できることで、
そんな中でも税金を滞納すれば、無情にも催告書や差押予告状により、食費を削ってでも、借金してでも、税金を支払わざるを得ない状況、
まさに血税と呼べるような税金を取り続けていることに何ら変わりがないこの約2年もの間、
集めた税金を国民に同じだけそのまま返還した方がよっぽどマシではないかと思われている人々がどれくらいいるのか、
考えたことがあるのかと、まず問いたいのです。
まだまだ元の日常生活水準に戻り切れていない家庭、再就職先を懸命に探している人もいらっしゃるでしょう。
そうした状況の方々がいる中で、テレビの画面越しに当選を喜んでいる「見慣れた人達」の姿を見ていると、 まだ食い物にする気かと、どこまでもやるせない気持ちになるのです。

先日、
老後の資金がありません!という映画が始まりましたが、
以前、老後2000万円が話題になったように、
誰もがみんな「老後の資金」を考えていると思います。
よくわからない課金、サブスクを見直すことは多くの人にとって、今から重要になってくると思いますが、
国民のサブスクである税金も使う側をキチンと皆で監視、管理できなければ、
「老後の課金」がとまりません!
という映画が出来てしまうのではないかと不安に思うのは私だけでしょうか。

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