【2022/03】コラム
先日の地震の片付けもほぼほぼ片付き、ようやく元通りとなりました。
祖母の仏具を入れるミニ仏壇も桐で手作りし、
市販の物に比べると出来は良くありませんが、気持ちは込めて作りました。
子どもたちと一緒に木材を切り出して作る、削り花にもチャレンジしているのですが、
なかなか難しく、削り方によって仕上がりが全然変わってくるので、年々上手くなれるように挑戦していきたいものです。
祖母のお葬式で奈良に行っていた時、合間に子どもたちに近所の東大寺と奈良公園とを見せてあげたく(徒歩で行けるくらい近いのです)
早朝ZOOMでプチ観光ツアーをしていたのですが、
たまたま立ち寄った春日大社宝物殿で大好きな日本刀の展示をしており、撮影こそ出来ませんでしたが、
ばーさんが巡り合わせてくれたのかなぁなんて思いながら見学したのですが、
その中の小狐丸の姿にビビっときてしまい、
それ以来ずっと頭の片隅から離れないのです。
元々、居合刀や木刀は好きでいくつか持っているのですが、(観光先で木刀売っているとお土産に買ってしまうくらい)
真剣だけは軽い気持ちで所持するものでもありませんから踏ん切りがつかず、持っていなかったのですが、
今年このタイミングを機に、一振に出逢うべく、
改めて勉強しなおしているところです。
原田道寛氏の言葉に、
物に趣味を有すれば面白くなる。
面白くなれば研究となる。
研究が熱心となり、
熱心が逆せとなり熱となる。
そして、その熱も度を越せばやがて往々にして狂となる。
とありますが、
周りから心配されるくらい(一般の感覚からかけ離れた)熱を持って物事に取り組む姿勢は私としても大切だと思っていて、
普段多くの人は生計をたてるために仕事に多くの時間を割いて生活をしているわけですが、
時には仕事をやめて、貧しい暮らしになったとしても、
それくらいの覚悟とお金と時間を使うような出来事が一生のうちに一度、二度とあっても良いと思うのです。(FPの発言としてはどうかとも思いますが)
つまり狂の感覚がなければそこまでは踏み出せないというわけです。
日本刀はパッと見は同じように見えますが、
一振一振同じものは絶対にありません。
見た目と切れ味が優れたものが最も良いとされていますが、
平和な現代では美術品として扱われていることもあり、やはり見た目の美しさが重要視されているように思えます。
銘によって良し悪しや金額の目安とされるようですが、
実物や押形から写し(コピー)が作られることも多いことから偽銘や、元々の銘を削りとって、鑑定書を付けて本物としたりということが横行しているようです。
日本刀本来の使い方として切っていけば、折れず、曲がらずな名刀でも、刀は曇りますし、刃こぼれもします。(古刀では試斬をなるべくやらないようにとよく言われています)
刃こぼれや刃切れは美術品としてマイナス評価になるそうですが、刃とは反対側の峰、鍔などの刃に関係ない傷は誉疵として、名誉の傷としてマイナス評価にならないそうです。
刀として本来使っていれば当然生まれる傷はマイナスで、刃切れのある刀は見向きもされず、
切った形跡のある錆などがあるものも敬遠され、
たまたま切れ味に影響のない(とされている)傷は名誉の傷で、というのは、
銘のことも含めて、
美術刀剣として売買されている以上、
言っていることはわかりますが、
そういった、都合の良い見た目での評価の仕方で、
良し悪しを決めるというのは、
いかにも薄っぺらな価値観といいますか、
刀に限らずそういった考え方は個人的にはあまり好きではありませんので、
無銘で傷だらけで、刃文など見た目も綺麗でなくても、
自信を持って、自分にとっての一期一振のもの、とハッキリ思えるようになりたいものです。
(満身創痍ながら現代まで残ってきたものこそ、危機に晒されながらも、本当の意味でたくましく生き残ってきたとも言えますし)
そう思えるようになるまでには経験値として、相当な出会いと別れが必要なこともあるかもしれませんが…
その過程が狂となるということだと思います。
無銘に偽物はないという言葉がありますが、
的を得た表現だと思います。
自身にとっての真贋の価値観、
目利き力を養うことをしなかった結果、
こういった言葉が生まれたのではないでしょうか。
日本刀に限らず、
誰々がこうだったからこうだ。
偉い人がこう言っていたなら間違いない。
ひとつひとつのパズルのピースとして丁寧に受け取ることは大切です。
そこから繰り返し組み立てていくことを忘れてはいけないのではないでしょうか。
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先日久し振りに大きな地震がきて、部屋が大変なことになりました。
夜中のカップラーメン(カレー味)を一口食べたところで、揺れ始めたのでラーメン片手に踏ん張りましたが、
耐えられずカレーまみれとなってしまいました…。
食器棚から食器が半分以上落ちて、床が破片だらけとなってしまいましたが、
家族にケガもなく、停電もなく、断水もなかったことが不幸中の幸いでした。
食料に関しては我が家では東日本大震災の教訓から、食品をローリングストックすることとしています。
エクセルで作ったシートを定期的にスマホで棚卸しのような感じで在庫確認していますが、
大きな地震がきたときには余震に備えて、子どもたちにもどこに何が入っているかわかるように、プリントアウトしておくこととしています。
こうしておくことで普段買い物している人しかストック物がわからないものですが、家族全員で把握することが可能になります。
リストを見ながら他にどういうものが必要か家族で相談しあっておくと、今後の対策がより確実なものになります。
食品等をストックするときには折りたたみのコンテナが便利ですが、
バーベキューやキャンプで使用するクーラーボックスも結構頑丈でただ置いておくだけだと場所を取りますので、普段はストックボックスとして使うことをオススメします。
醤油や油などの重量物は折りたたみコンテナに入れると重みで歪んでしまうので、
比較的厚みのある、飲料のダンボールに入れておくと日光も防げますし、
万一地震で容器に亀裂が入って漏れてしまっても少しなら吸ってくれますので、床が汚れる等の二次被害も防げる効果もあります。
ダンボールはカビや虫害があるそうですので、乾麺や粉物の保管には向いていません。
(我が家では乾麺の保存に使っていますが、定期的に取り替えることで特に問題になったことはありません)
ちなみにダンボールで最強なのはのりダン、
海苔のダンボールが湿気に強くて頑丈だそうです。
地震の影響と急激な気温の変化により、
電力ひっ迫警報が出たこともあり、エアコンの使用を控えている方も多いのではないでしょうか?
こういう日はガスコンロで鍋を囲むと部屋も暖まりますし、オススメです。
鍋といえば、スーパーなどでは様々な鍋つゆのもとが発売されていることもあり、
何鍋にするかと考えたとき、つゆを元に具を決めてしまいがちですが、
具材から出る素材の旨味を活かしてつゆは塩やしょうゆ、出汁でも充分美味しくなるものです。
我が家では野菜、豚肉、鶏肉のほかに、ちくわ、冷凍のエビシューマイを入れるのが定番ですが、
結構各家庭の鍋奉行によってオリジナルな具材があったりして、家族が多いと誰が今日の鍋奉行をやるのかなんてお祭り的な楽しみ方もできます。
市販の鍋つゆを使うとレシピ通りの具材になってしまいがちで、
ただ煮て、出来上がりを待つだけのいわゆる待ち奉行、待ち娘ばかりになってしまい、
何だか現代の人のあり方を示しているようです。
鍋つゆに染められるのではなく、
ひとつの具材としての味わいを出せるような人間になりたいものですね。
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SUGIZO×HATAKENコラボのアルバム、The Voyage to The Higher Selfをようやく聴くことができました。
先月発売だったのですが、祖母が亡くなったことと重なり、ようやく一ヵ月が経ち、落ち着いてきたこともありゆっくり耳を傾け集中する環境が整いました。
好きなアーティストの作品はすぐ聴きたい気持ちはあるのですが、作り手に失礼のないように、聴き手側としても部屋でしっかりと集中できる環境で臨みたいのです。
元々The Voyage Homeが好きなこともあり、ヒーリング系の曲調は自分でもたまに作るくらい好きなのですが、
今作はチャクラから着想を得た作品だそうですが、一言で言って、心に染みました。
チャクラやヨガ、パワーストーンは詳しくないので、まだまだ理解できているとは言えないのですが、
「目に見えない事柄」というのはなかなか万人が同じものとして認識することはできないのですが、
自らの感覚のチャンネルを開くことで感じることができる可能性はあります。
例えば霊的なものは信じる人と信じない人がいます。
私はまだ鈍感なので特に感じたりはしませんが、
敏感な人には感じ取れるそうです。
現代社会ではテレビやラジオの電波、Wi-Fiの電波は当たり前のように飛び交っていますが、
人が直接受信できるものではありませんし、
機器を利用しない人には理解できないことかもしれません。
相変わらず収まる兆しが見えないコロナウイルスも飛び交っていますが、
我々の感覚では感染するまで「それ」には気付けません。
そもそも検査しなければ気付くことすらできないかもしれません。
「それ」が検査によってコロナですと教えられて、
私達はコロナなのかと「知る」ことになります。
私達は学校の教育やニュースなどで、
「経験したことのないこと」を「知っている」ように教えられてきます。
おそらく真の意味で理解しているのはそれを追究したり、発見した人になるのですが、
私達は多くのことを誰かからそれを教えてもらうということで、
「知っているつもり」になっていることで生活しています。
よく味覚は3歳まで、絶対音感は6歳頃まで、なんて言われますが、
大人になってから身体のどこかが不自由になることで、それを補う形で他の感覚が鋭くなることもあるそうです。
私の母の手料理は美味いか不味いかは置いといて、昔も今も変わりなく好きですが、
妻の手料理も味は全く異なりますが、同じくらい好きなのです。
味覚が3歳までなら、妻の手料理が口に合うかどうかといえば合わないはずですし、
まずそもそも外食しても美味しくはないでしょう。
子どもの頃味わっていたレストランのメニューと、
今のレストランのメニューでは全く異なります。
3歳までに他人の作った料理で味覚を鍛えられるほど外食ばかりなのはそれはそれでどうかとも思います。
偉い人がこのくらいまでにレッスンしておくべきでしょうと言われれば、多くの人は知らない分野ですから、ああそうですかとなってしまうでしょうし、
知っている分野からすれば、その分野で権威のある人がそうだといえばそうなりますし、
業界としてそうあるべきとなっていき、なっているのが現状でしょう。
産まれてすぐ生き方を親から教えてもらい、
世の中の仕組みや考え方を学校で教えてもらい、
言葉は良くないかもしれませんが、
環境によって左右され、ほぼ誰かから聞きかじった知ったかぶりな知識や感覚からスタートしている人間ですから、
「人間は考える葦である」ということを人間らしいとするのであれば、
社会人となり、自分の足で進み始めた人生からが、
第一歩であり、
それまでの自分(周り)の価値観を疑い、
あらゆる疑問に立ち向かい、
自分なりの考えに変えていかなければいけないのではないでしょうか。
大人は子どもに生きる術を教え、
代わりに子どもから生きる意味を教えてもらっています。
社会人になれば、
先輩は後輩に仕事の技術や知識を教え、
代わりに後輩から仕事のあり方を、
学生時代学んできた俯瞰した視点から指摘してもらうのもいいでしょう。
人間は思い込みによって制限がかかってしまう生き物だと私は考えています。
自分が理解できないことに対して恐怖や不安を覚えることもあるでしょうが、それを知る努力と受け入れる気持ちの余裕を持たなければならないのではないでしょうか。
現代においてまた戦争が起こり、
あまりに複雑過ぎるがゆえに、
おそらく一般人である私達には一部の情報のみしか知らされず、知ることもできず、
それ故になぜそれが起きているのかを把握し、説明できる人はほとんどいないのではないでしょうか。
私なりの考え方では、
半端に分化するから争いになるのであり、
徹底的に分化し、全人類が異なった意見を発せられることが出来れば、争いなど起こりようがないように感じるのです。
なぜなら人である以上たったひとりでは生きていけませんから、
全てを受け入れ、手を取り合うことしか自分が生きていく術がなくなるからです。
理想論かもしれませんが、
人である以上、自分と他者が等しく幸せであることを「将来の夢」として願いたい人生でありたいのです。
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ウクライナ情勢は日々激化の一方で、
現地の人達の訴え、子どもたちの声を聞いていると、子を持つ親として涙が滲んできます。
一日も早く危険な状況が収まることを願うのみですが、
これだけの被害が出れば、復興まで時間がかかりますから、
その時に少しでも手助け出来るよう、日本人として今出来ることは、
コロナ禍を一日でも早く収束させ、日常生活を立て直すことです。
人手、物資、募金、どれをするにしてもコロナは障害になり得ますから。
悔しくても歯痒くてもとにかく個々で出来る限り、
自粛することを徹底するしかないのです。
宮城県では3月11日の人出増加で昨年感染拡大しましたから、今年はそうならないように、
気をつけて行動せねばなりません。
気をつけるといえば、
季節の変わり目は体調もそうですが、
車のバッテリーなども注意が必要になると言われていますが、
スマホのバッテリーにも注意が必要かもしれません。
というのも、数日前まで何の問題もなく動いていたスマホが突然電源が切れ、
充電器をさしても充電できなくなってしまいました。
パソコンのデータは定期的にバックアップしていますが、
スマホは頻繁に持ち歩いているだけに、なかなかバックアップしておらず、
子どもたちを撮ったデータを取り出すのに一苦労しました。
仕事で調べた資料や情報(個人情報を含むもの以外)はEvernoteで同期しているので、
問題なかったことは不幸中の幸いでした。
スマホ買い替えで、ショップに行けばどうにかなるのは確かですが、
この時期めちゃくちゃ混んでて待たされる上、
色々なオプションをオススメされまくるのは間違いないので、
コロナ以前から私はオンラインショップ一択です。
ただひとつ、とにかく困ったことは、最近はセキュリティの強化で、
二段階認証が増えてきたため、スマホにワンタイムパスが送信されることが多いのですが、
オンラインでスマホを購入しようと、サブで使っているipadで手続きを進めていたら、
購入でログインしようとすると、普段購入で使っていない端末なので、認証が必要と、
ワンタイムパスを送信されるのですが、
肝心のメインのスマホは電源がつきませんから受信できません。
結構盲点で、一瞬固まりました。
ipadは今認証入力で使いますし、
サブのiphoneは別のSIMを入れていて、電源を切って入れ替えして〜というのも手間がかかりますし、
その間連絡が取れなくなり困りますので、
引き出しの奥に眠っていたiphone5sにSIMを差し替え、起動したら問題なく使えましたので、
まさかこんなタイミングで使うことになると思っていませんでしたが、何でも持っておくものですね。
こういったことの(めったに起こらないと思いますが)
ワンタイムパス対策に、
昔のスマホをいつでも使えるように8割くらい充電して備えておくと役立ちます。
コロナ禍で支払いもスマホひとつで便利になった分、
不測の事態でメインのスマホが使えなくなったとき、
引き継ぎまでどうするかの代替え案は備えておいた方がいいと痛感した出来事でした。
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日々ウクライナ情勢のニュースが報じられていますが、現代でこんな状況になってしまうことが本当に悲しいことではあります。
命がなによりも大切だと思いますので、一刻も早く停戦となることを願うばかりです。
先日祖母が亡くなってから初七日も過ぎ、
感傷にひたりつつも、気持ちを切り替えて亡くなってからまず7日、14日以内に手続き等、やらなければならないことがそれなりにありますので、
今後のことを順番にリスト化し、相続人である母に一部、もう一部はファイルにして奈良に住む叔父に速達で送りました。
(クリアホルダーに入れると使いやすくなりますのでオススメです)
遠方でやり取りする場合は、
同じものを用意しておくとラインや電話でのやり取りが格段に楽ですし、
誰がいつやるのか決めておき、
都度チェックを入れておけば、手続きを進めている人が万一コロナ感染して入院となり、
事務手続きを他の人が引き継ぐとなっても、どこまでやったのか確認する必要がなく、進捗状況がわかりやすいので、
相続の際には慌てず、漏れないためにも必ずリスト作成をオススメします。
普通郵便は土日配達しなくなりましたので、
書類を送る際、土日を挟むときはその都度速達にしなければならなくなったので少し不便になりました。
ネコポスが安くて便利なのですが、
角形2号がそのまま送れないため、ファイルにして送る方法も考えなければなりませんね。
奈良で自宅用に買ったお土産と、
最近いただいたお土産がまさかの出会いでした!
他にもネコやパンダがいるようですが、
なかなか同じタイミングで出会うことはないと思いますので、
結婚する相手と出会うときっていうのはこういうものなのかも知れませんね。
地球上で同じ時代で産まれ、生きているのですから、ひとつの縁として皆が家族と同じように仲の良し悪しはあったとしても、
互いに認め合える仲になれるようにこれからどうしていけばいいのか。
人類が絶滅しないように進化するのは、
見た目ではなく、そういったところなのかもしれません。
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