【2023/06】コラム
小学生最大のイベントである、
長男の修学旅行も無事に終わりました。
福島の修学旅行お土産といえば、男の子はやはり白虎刀だと思うのですが、
木材不足なのか職人さん不足なのか、
たまたま在庫切れだっただけなのか、
学校で指定されたお土産屋さんでは、全部売り切れだったそうで、
白虎刀を楽しみに待っていた次男もガッカリしていました。
DIYで木材をちょくちょく買いますが、
値段は高くなる一方ですから、もっぱら最近は端材コーナーから使えるものを探すようになりました。
ギターや武道に使われる木刀は年々良質な木が手に入りにくくなっているそうで、
代替の材料が色々と試されているようです。
今まで使ってこなかった新しい材料で〜と聞くと個人的には試したくなる性格ですので、肯定的に捉えるのですが、
ギターなどは、
長年耳が慣れている音=心地良い音=良い音となりがちですから、
昔ながらの製法や形、材料で作られたギターが重宝され、価格もどんどん上がっています。
弾き手としてはそれで満足できるかもしれませんが、
肝心の聞き手は今やほとんどがスマホや小型スピーカーですから正直弾き手が聞かせたい音と、聞き手が実際聞いてる音にはかなりの乖離があるように思います。
スマホからギターの音を出すために高級希少木材を使ったギターである必要が本当にあるのか?ということです。
ライブにしたって真空管アンプと4発キャビネットをドーンと積んでるアーティストなんてほぼ見かけません。
(見かけだけで実際は裏に置いてある小型アンプなんてことはよくあります)
アンプもデジタルになり小型化しましたし、機材は技術の進歩で大幅に音が変えられるようになりましたから、変な話ギターはプラスチックでもなんとかなりそうなものです。
脱プラのこのご時世にと言われてしまいそうですが、
木材は家具や楽器として使うために、乾燥が必要なため数年ストックしておくものですから、需要があればあるだけ、ストック量が必要になります。
育つのに時間がかかる木材をストック分まで今必要とするとどうなるか。
今は良いかもしれませんが、将来世代の時にはどうなるのでしょうか。
脱プラだから木や竹を多用していくのではなく(燃やせば二酸化炭素排出に繋がります)
まずはプラスチックとどう上手く付き合っていくかのほうが重要ではないのでしょうか。
そもそも廃棄の仕方が悪いから海洋汚染に繋がっているのであって別にプラスチックを製造、使用していることが悪いわけではありません。
またリサイクルといっておいて本当のところはどういうことをしているのか。
疑問、疑念はたくさんあります。
海洋環境保全のために脱プラしているのに、
原発処理水は海洋放出するそうですが、
やむを得ず1回、2回じゃなくずっとです。
自国で責任を持って処理できないような施設を再稼働して、
再びどこかで事故が起きればそれも処理水として放出なのでしょうか。
電気代、燃料代の軽減、脱炭素、
それっぽいことが出来て、
とりあえず安心安全っぽいことを並べて、
将来、技術の発達でその仕組みや処理水に不具合が判明したとしても、
それにより将来世代がどう困ろうと、
とりあえず流しちまったもんは、しょうがない。
当時の環境では想定外。
あるいは担当者がいない、記憶にございません。
なのでしょうか。
責任を持たないような人たちが、
責任を最後まで持てないようなものをそもそもやるべき、やらせておくべきではないのではないでしょうか。
仮にもし、
処理水が本当に安全というなら日本の各家庭に毎月生活用水としてボトル詰めして送ってみてはどうでしょうか?
生活費高騰の中、水道代が浮いて助かりますね。
それで健康被害もなく、
普通に使えることが実証できれば、
別なことに処理水を転用し、
財源になるようにすれば、
処理水も技術も、今後に活かせますし、
無駄になることはありません。
と、思いつきで例え話を言ってみたものの、
とてもじゃないですが現時点の情報では、
私はそんな水を家族に使ってほしくありませんがね。
おそらくほとんどの人がそう思うのではないでしょうか。
それならば、原発を全て廃炉し、
それによって増額した電気代は国民負担とし、
国民が負担している電気代は月々、国が補助金で全てまかなえばいいのではないでしょうか。
どうせほっといても増税を言い出すのでしょうから、
補助金の分と使用用途がはっきりした税金の、
増税のきっかけを国民側から作るというのはどうでしょうか。
原発は魔法や錬金術ではありませんから、
今まで原発によって先に恩恵を受けた分、後払いにしたツケは遅くとも今の世代でキッチリ払う必要はあるはずです。
親や自分たち世代が、
勝手に作った負の財産、借金みたいなもの(直接作ったわけではないにせよ、反対や対策をしてこなかった、出来なかったのだから)を、
子や孫世代に払わせるなんて、普通に考えたら最低でしょう。
国と民が総力で歯止めをかけていかないと、いつまでもビジネス、飯の種、さっぱり良くなる気がしません。
じわじわとリスクと国民負担が増えるような仕組みでは、平時にも関わらず、まるでそれでは戦争時と変わりないのではないでしょうか。
長男は小学校で、
税金を払わないと道路が有料化したり、公園が無くなったりして、
みんな困るよと授業で言われたそうですが、
国民全員消費税やらなにやら子どもから大人まで欠かさず払ってますが、
道路はすでに税金が使われている=有料ですし、
高速道路は結局何年まで有料になったんでしたっけ。
公園は遊具が減り、看板によって使用用途も規制され、
子どもたちはすでに困っていますが、
払わなくなってこれ以上子どもが何困ることあるの?と逆に聞きたくなるのですが。
払わなくなった分のお金で有料化した分、使いたい人が使いたい分お金を払った方が、
どれだけ健全な世の中なのか。
少なくとも今の不信感から私はそう思います。
私の意見や考えなど全体から見れば塵やカスみたいなものですが、
そもそも地球上の塵滓として生活させてもらっているわけですから、
50年、100年と生きればそれなりに地球に与える影響も塵も積もれば山となる、です。
死ぬ間際、結局地球に対して迷惑をかけ続け、ゴミ山を作ったなぁ…のような人生とはなりたくはありません。
人が人の記憶から消えるのは早いですが、人が地球上に置いていった物は勝手に消えてはくれませんから。
(妻からは欲の塊と言われてますから気をつけてはいるのです…笑)
一家庭で出来ることなど限られますが、
それでもなるべく電気やガスを使わない週末を送るため、やれることを少しずつ。
木のおかげで癒やされ、楽しい週末でした!
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仙台市天文台にあるプラネタリウムの投影機がリニューアルしたということで、子どもたちと行ってきました。
プレオープン期間だったこともあり、
プログラムの内容は主に投影機がどう変わったかという説明でしたが、
投影される星の数が7万から1億個になったということで。
より細かく映し出されることにより、臨場感が増したように感じました。
星座などが映し出されるのも良いのですが、
やはり自分が住んでいる仙台から地球、そして宇宙にと視点が遠のいていくことで、
自分がいかにちっぽけな存在であるかを再認識させられるとともに、
改めて地球と自然のありがたみが感じられるのが、プラネタリウムで一番好きなところです。
日頃生活していると便利で刺激的なデジタルの方向に視点がいってしまいがちで、
実際に自分が住んでいるこの地球のことについてはなんの知識もないのに、
当たり前のように、
定期的にきちんと昇る太陽や空気や雨。
自然災害はあるにしろ、地球がきちんと回ってくれているから、
日々普通に生活できているありがたみというのをついつい忘れてしまうのです。
今日は暑くて気分が乗らなくてだるいな、
こんなに急に暑くならなくてもいいのに、とか、
長雨で洗濯物が乾かなくて鬱陶しいな、
早く止めばいいのに、など、
日常生活では誰もが思いそうなことですが、
よくよく考えてみると、
自分本位、人間本位に考える癖がついてしまっていること、
これは紛れもなく利己主義ですから、
本来大人の考え方としては恥ずべきことです。
俯瞰で物事をみるように普段から意識はしていますが、
消費型の生活がすっかり身についてしまっている以上、
日々暮らしていく中で、
どうしても自分本位になりがちですから、
たまにそうした視点を外して、
地球を外から見ることで、
俯瞰して物事を考えるきっかけとしてプラネタリウムは身近で、
気分転換にもなる良い施設です。
山に登ったり、海や川で泳いだり、
自然と触れ合うことでそれが出来れば一番良いのかもしれませんが、
私にはまだそこまでの活動を常日頃からこなせる力はありませんから、
いつかはそうして暮らしていけたらいいなという憧れはあります。
人が自然と暮らしていくにはどうすれば良いのか?ということを調べるために、
大内正伸さんの山で暮らす愉しみと基本の技術を読んで勉強していましたが、
山で暮らすための人間の知恵が書かれていました。
何でもかんでも人間が暮らしやすいように、整地したり伐採したりすることはなく、
(手間もお金も人手も必要になります)
自然の仕組みを利用した方法で、
自然に対する礼節をもって接することが何よりも大切ということがわかりました。
日本ならではの囲炉裏というものがありますが、今では目にすることがなくなってしまいましたが、
薪ストーブでは大量の木材が必要になることから、薪を準備しておく必要がありますが、
囲炉裏ではその使用量は5分の1以下、
枯れ枝、剪定枝、端材も燃料として充分使えるということから、
木を燃料のために大量に切る必要はない上、
囲炉裏から出る煙は防虫効果があることから、食物の保存などにも利用されるそうです。
そうして燃やしていると炎の下に熾き炭が溜まってくることで火が消えやすくなるので、
取り除く必要があるそうですが、
これも捨てるのではなく、火消し壺に入れておくことで、
今度は火鉢で使う炭として利用し、
その灰は畑に撒く肥料や、灰液を撒いて害虫駆除に使ったりと、
本当に無駄のない方法に驚きました。
現代の住宅事情では、これらをそのまま取り入れることは容易ではありませんが、
一部違った方法でも取り入れる方法はあるかもしれません。
身近にあるものを頭を使って、先人の知恵から学び、トコトンまで使い、
自然に循環させていく考え方は何でもかんでもサービスや消費ありきで生活していると全く見えない考え方ですから、
エコのために取り組んでいる社会も、
やはり、あくまで経済活動のためのエコにしかすぎないと感じてしまいます。
人間の生活が自然を壊したのならば、
自然、地球のためというのであれば、
まず変えるべきは日々の人間の生活からでしょう。
ペーターヴォールレーベンさんの、
樹木たちの知られざる生活を読むと、
木々も会話をしたり、
根を通じて栄養をわけあったり、
一見、信じられないような内容ではあるのですが、
とても興味深いことが書かれています。
木の教育のところは、人間の教育と照らし合わせると個人的にはかなり考えさせられる内容でもありました。
生活の中で身近にある木ですが、
そうそう普段から意識したことはないと思いますので、案外木の生活は知らない人が多いのではないでしょうか?オススメの本です。
長男も図書館では子どもコーナーで本を借りていたのですが、思うところがあったのか、
大人の階から借りてきた分厚い本を一生懸命読んでいました。
本で読んだことだけを自分の知識としてしまっては勿体無いので、
必ず自分の今持っている知識と照らし合わせて、
自分の考えとして取り入れること、
自分の考えと全く違った内容の本だった場合は、
無駄だったとは思わず、
こんな考え方もあるんだなぁと、幅として覚えておくと、
後々人の話を聞く時に役に立つことがあるよと、
難しい本の読み方の一例をアドバイスしておきました。
最近では、
親として子どもに教えるだけでなく、
だんだんとお互いの意見交換が出来るようになってきたことで、
私も子どもから教えられることが増えてきて、成長が感じられて嬉しいものです。
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次男が風邪を引いて、更には長女も風邪を引き、妻はこじらせて咳が止まらず、病院から様々な薬を出されて飲んでいます。
どうやら今年の風邪はずいぶんと長引くようです。
長男の修学旅行まであと1週間、とにかくうつらないように隔離生活は継続です。
1階と2階でそれぞれの部屋に分かれて生活しているので、
連絡のやり取りは免許不要の特定小電力トランシーバーが活躍しています。
家庭用のナースコールのような使い方で、必要なものがあれば持っていきますし、
食後に知らせてもらえばすぐに下げにいくこともできますので、
各部屋に一台置いておくと便利です。
機種を合わせずとも周波数を合わせればいいので、増設も買い増すだけで簡単です。
近頃地震が多いですし、これから大雨の時期ですから、
災害時、停電時の連絡手段としても有効なのではないでしょうか。
さて災害用、病気の際の電気調理器具用として、前回BLUETIIのポータブル電源の話を書きましたが、使い勝手というか、補足したいことを書きたいと思います。
600Wまで使え、1200Wまで電力シフトで動かすことができるBLUETIIのEB3Aですが、
600Wの山善のホットプレートを使用すると30分〜1時間弱(使用する温度によって変わります)表示が出て、目安となるのですが、
今暑いときで、室内温度が25度くらいですが、連続使用していると、連動しているスマホアプリにアラートが出ます。
故障 充電過熱保護
と表示されるのです。
買って数日で故障!?とちょっとびっくりしたのですが、
充電過熱保護自体は本体が熱くなりすぎないように保護回路が働いていますので、
むしろ安全ちゃ安全なのですが、
充電が全くできなくなります。
3〜4時間位ほっておくと、アラートが消えるのでようやく充電ができるようになるのですが、使ってすぐ充電出来ないと、次にすぐ使えませんから困ったものです。
ポータブル電源をポータブル扇風機で冷やしてあげると30分〜1時間くらいでアラートが消えます。
そして冷えて無事充電しようとコンセントにさすと充電までの目安時間が表示されるのですが、
満充電してしまうとバッテリーに負荷がかかるおそれがありますので90%くらいになったかなーって頃を目安に様子をみると、
半分くらいまでしか充電されておらず、
充電の速度が落ちています。
どうやら充電中に本体が過熱されると制御がかかり、充電速度が落ちるようなのです。
ポータブル扇風機で常に冷やしつつ、
満充電までいったら、ポータブル電源で、ポータブル扇風機を充電し、90%くらいまで減らして保管という形に落ち着きましたが、
妻からは何それ?と言われてしまいました(苦笑)
私としては一応効率を目指したつもりですが、一体何をやっているんだろう感は確かに拭えません。
電気は多少なりとも無駄にしてしまっていますし。
燃料を燃やして電気を作って、その電気を使って充電して走るEVと何だか似たような雰囲気に思えなくもありません。
とはいえ、のんびりほったらかし充電している分には問題ありませんので、やはりソーラーパネルや車での充電で少しずつためていくという運用の方が向いているような気がします。
コンセント充電の場合でも、
夜間に電力をストックしておいて、ピーク時に補えるという意味では、電力需給ひっ迫時にも効果があるかもしれませんが、
それも電気を使っているということに変わりはありませんから、
電気を便利に使う方法だけでなく、
使用電力そのものを減らすためには、
そもそもの生活スタイルを見直すことに注力していかなければいけません。
我が家の用途としては、あくまで補助電源、災害時用の大きめのモバイルバッテリーくらいの感覚で保管しておきたいと思います。
生活におけるエネルギーの使い方をもう一度見直すきっかけになったと思えば、物としては無駄になっているわけではありませんし、良い買い物、良い経験になりました。
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だいぶ首の痛みの症状も良くなってきたのは良かったのですが、
次女が風邪で熱を出し、治ったと思ったら、すぐに妻も39度の熱を4日間出し、ついに今日は次男が熱を出してしまいました。
インフルでもコロナでもなかったのは幸いでしたが、長男の修学旅行も近いこともあり、熱がある人は2階で隔離することにしているのですが、
看病のために別に用意した食事や飲み物を届けるために、
都度、階段を上り下りし続けるという、私にとっては下半身が地獄のトレーニングです(苦笑)
更に問題なのが、夕方頃で、
子どもたちが風呂に入るタイミングで一回洗濯もするのですが、
調理で炊飯器2台と電気ケトルを使っているときに、ドライヤーと洗濯機、この辺りが同時に被ると普段でもブレーカーが落ちることがあるのですが、
看病が入ると、同時進行でおかゆを作ったり、うどんやスープのお湯を沸かしたりと、更にコンセントを使うことが増えるため、
ブレーカーの分電盤がジジジと音を立て、
いつ落ちてもおかしくない状況が頻発しているため、
落ち着いて料理や看病どころではありません。
契約アンペア数を上げれば解消するのですが、
基本料金は上がりますし、配線の関係もあり、節電も含めてそうそう簡単なことではありませんので、
ひとまずポータブル電源を導入することにしました。
正直あまりポータブル電源には興味がなかったこともあり、知識がほぼない状態からのスタートでしたので、ひとしきり勉強してから購入することとしました。
というのはポータブル電源と一口に言っても、大容量のものから、小型軽量のものまで幅広く出てきて、
使われているバッテリーに関しても、多くのモバイルバッテリーで使われている三元系(ニッケル、マンガン、コバルト)と比較的安全とされているリン酸鉄に分かれるそうで、
モバイルバッテリーが発火すると、
かなりの勢いで燃えるイメージでしたので、大容量のポータブル電源は大丈夫なのか?という不安もあり、今まで購入検討にはなっていなかったのですが、
リン酸鉄のバッテリーであれば性質から比較的安全に使えるということ、充電回数も長いということで、このタイプを選びました。
使用時間は短くて良いのですが、
城下工業のトラベルケトルと、
おかゆやスープを作れる山善のホットプレートも動かしたかったため、
600W(電力シフトで1200W)まで使えるBLUETTIのEB3Aにしました。
2階に置いておけば直接部屋で調理することもできますので、少しは階段の上り下りが減るかと思います。
ポータブル電源本体の収納は、
無印良品の頑丈収納ボックス小に入れておくことで、
いざ地震の時に物が倒れて壊れてしまう心配も少なく安心です。
ちなみにケトルとホットプレートはカインズのコンロ収納ケースがほどよくクッション性もあり、ボックスにジャストに収まります。
セールをうまく活用すればすべて揃えても3万円台で収まるので、車中泊や防災3点セットとしてもオススメです。
災害の際使えれば便利な掃除機やドライヤーは弱であればギリギリ使用できましたが、メーカーによって使用電力はまちまちですので、
これから家中の家電がどの程度使えるのか検証していきたいところです。
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先週転院(転医)し、金曜日に診てもらったのですが、
頭を前後に動かすと強い痛みが続いていることから、
首の骨が捻(ねじ)れているということで、
すぐに矯正してもらったところ、
スムーズに首が回るようになり、動かすことによるぎっくり腰のような痛みはかなり軽減されました。
筋の痛みや腰の痛みはまだ続いているため、痛み止めは引き続き飲み続ける必要があるそうですが、
それでも車を運転していて痛いということがなくなり、
料理も無理なく作れるように回復しただけでも相当嬉しいものです。
たまたま今回は運良く近くの病院で移動後すぐに治してもらえましたが、
自分の症状にあった病院探しというのはやはり大事なことだと身を持って体験することとなりました。
病院の移動を検討していた時に、いくつかの病院には治療方針を電話で聞いてみたのですが、
実際に診てみないとわからないとのことで、
まぁ当たり前といえば当たり前なのですが、
探す側としては、行ってみて診てもらったけどわかりません。とりあえず引き続き痛み止めで、では時間ばかりが過ぎて、困るのも確かなわけです。
早期に治療する必要のある病気などの場合、時間ももちろんですが、本人があっちこっち行く体力があるかどうかも問題にもなります。
税理士や弁護士、FPもそうですが、
相談者が自分に合った専門家を探すというのは、私の中では当たり前といいますか、
出来る限りそうするべきと考えていますが、
病院に関しては、そういうことをドクターショッピングやセカンドオピニオンと言われているようです。
ドクターショッピングは、自分で複数の病院を初めから受診することを言うそうで、
セカンドオピニオンはよく耳にしますが、
治療の相談ということで保険適用外になるようで、
どちらも患者側からすれば体調が悪い上に不便なことこの上ないことです。
あと、個人的にどうなのかなと思っているのが、
お礼、心づけ、袖の下です。
言い方や方法は様々ですが、
金品を病院の主治医に渡した方が良いなどと耳にしますが、
それを受け取る先生はそれがやる気のスイッチになっていないかと逆に不安になります。
金額の多寡で治療や対応が左右されるのであれば、
治療費用の支払いは同じでも、
金を持っている者は最善を尽くされ、
金がない者には手を抜いた対応をされかねない、と。
(金とプライドが同義、金が集まってくるとついでに自尊心まで大きくなる人はこういうタイプでしょうか。金が増減するたびに自尊心も増減してたら情緒不安定になりませんかね)
そう私は捉えますので、
医師、弁護士、税理士、美容師、車の修理工場、自宅の修理業者、などなど書き出せないくらい、生活や仕事で自分で出来ない範疇は色んな専門家にお世話になりますが、
専門家に依頼したとして、料金とは別にお礼の気持ちは都度伝えますが、それを金品で表すことはありません。
それでぞんざいな態度をされるのであれば、そういった専門家とは今後のお付き合いはしない、それだけのことです。
例えば家を建てる際、修理の際など、
空調のない外の現場の人に、
差し入れのおやつや飲み物を渡すことは、労いの気持ちとして良い事だと思いますが、
それと上記のお礼(金品)は意味が違ってくるように思います。
本来は同じくらいの感覚だったのかもしれませんが、今は違った意味の捉え方、捻れを感じてしまいます。
世の中には捻れによって生活が成り立っている人々、団体がいますが、
私たちは、
捻(ねじ)れに巻かれることなく、
頭を捻(ひね)る。
文字は同じでも全く意味が違うことになります。
捻れたコト、モノ、ヒトに行動を牛耳られ、
見たものそのままに惑わされることなく、
そうはいくものかよと、
あれこれと、普段から疑い、模索していくことが大切なように思います。
先人の知恵として日本で古来からある、
打刃物の世界では、
真っ直ぐ出来上がった刃物には、
鋼材の膨張や収縮が時間を経て、
物によって歪みが出るそうで、
それをそのままいくら研いでも真っ直ぐな刃はつかないそうです。
鎚で打ったり、
治具で歪みを取ってやると、
今度は誰が研いでも、真っ直ぐな刃がつくそうです。
歪取りは手間でしかないと思いますが、
使用者の立場になって考えているから出来ることでもあります。
今の時代を生きている自分たちにとって、
これから産まれてくる子どもたちにとって、
より良い社会にするためには、
世の中の歪取りを、
常に、今いる一人一人が、
未来の子どもの立場も考え、
少しずつやっていくことで実現すると言えるのではないでしょうか。
ただ単に歳取ってるから偉いんだ!
敬え!なんて年下の世代に言ったって通用しない世の中になってきています。
後の世代に胸を張って尊敬してもらえるようになるには、
今のためだけじゃなく、後のために動いておくことも必要だということです。
自分さえよければが続けば、
冗談抜きで、力の持たない者が何をされても文句の言えない世紀末アニメのような時代がこないとも言えなくなってきているのではないでしょうか。
昨今、いい歳した中年が若者を利用して詐欺や強盗させているようなニュースを見るとやりきれない気持ちになりますね。
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