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【2021/12】コラム

2021/12/29 誰のための

クリスマスの日は自宅で食事をしていましたので、
本来は和気あいあいと楽しく過ごす時間ですが、
報道特集を見ていて、国の姿勢とあり方について気分がとても悪くなりました。
森友問題は国の賠償金ということになったようですが、
何か問題が起きても、物事を有耶無耶にして国民の税金で解決としておけば何をやってもいい状態になっているように思えるのですが。
選挙の時に国民に信を問うのであれば、
任期満了のタイミングでそれに応えられたのか、国民全員で精査出来なければ、
いつまでもこの「仕組み」は変わらないように思います。

コロナ禍ということをのぞけば、
一見平和な世の中のようですが、
「見せかけ」
で出来上がっていることばかりで、
本当の真実に目を向けず、探求せず、
見せかけの日常ばかりに身を委ねている結果が、
人間の闇を増長させているのではないでしょうか。

クリスマスは子どもに夢を与える日であるはずですが、
いつの間にか皆がそれぞれで楽しむイベント日になっています。
本来大人は皆「サンタ」であるべきで、
子どもたちのために、次世代の若者のために、
年末のクリスマスに一年の締めくくりとして頑張ってきた結果、
皆で笑い合える日であるべきではないでしょうか。
クリスマスのようなイベントごとだけを楽しみに、
普段の生活を歯を食いしばって生きているような生き方はなんだかおかしな気がするのです。

ご褒美のために頑張るのではなく、
一年間一生懸命頑張ったからサンタがやってきて、
皆がプレゼントを貰えた子どもたちの喜ぶ姿を見て笑顔になる。
本来のクリスマスとは何なのかと、そんなことを考えさせられたクリスマスでした。

信じる者は救われるという言葉がありますが、

信じる者は救われているつもりだという思い込みであり、
信じるだけで物事が良くなるほど、
世界も人も単純ではない。

少なくとも今私が生きている現代では。

人を尊敬する心に損得勘定を入れている人は、 損得勘定に心と思想を縛られ、人の言う事で動く者、となる。 「信」という言葉は「人の歩んできた路」であり、

信じてもらえる生き方を辞めればそれは、
人を辞めることになるから、
最低限「人」で有り続ける為の生き方をしていきたい。

これは誰の言葉でもなく、私自身、コロナ禍で学んだことです。
今年一年もコロナで始まり、コロナで終わりました。
しかしひとりひとりの感染対策とワクチン接種によって大惨事にならずに過ごせています。
ひとりひとりが責任を持っておかしいことはおかしいと声をあげ、良くしていこうという気持ちはこれからも必要で、
大人たちが責任を持って次世代のためにやるべきことをそれぞれで考え、道を拓いていけるような、来年からはそんな年にしていきたいものです。

今年もありがとうございました!
来年も宜しくお願いします。

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2021/12/22 キャッチボール

少し早いクリスマスプレゼントですが、長男と次男のグローブを新しくしました。
キャッチボールで使うものですので、本格的なものではなく、レジャー用の柔らかいグローブを使わせていたのですが、
そろそろ投げる球もしっかりしてきたタイミングで買い替えとしました。

昔はグローブといえばカチカチでちゃんと使えるようになるまで自分で毎日毎日揉んだり叩いたり、型付けまでの慣らしが大変だった覚えがあるのですが、
今どきはスポーツ用品店でもスチームなどである程度柔らかくしてもらえるので、
使えるようになるまでの期間がグッと短くなりました。
とはいえ、自分の感覚が道具に慣れるまでに2〜3ヵ月ほどは必要ですので、
オフシーズンの今くらいの時期から慣らしておくと暖かくなってきた頃にちょうどよいですし、
この時期は割引で買えることも多いですから、買い替えにはオススメの時期です。

私は中学校の時に買ってもらったグローブを今でも使っていますので、かれこれもう20年選手なのですが、
逆にそれ以外のグローブで練習したことがなかったので、
いい機会にと私もグローブの中では比較的安いもので、ZETTのファースト、キャッチャー兼用ミットというものを使ってみているのですが、
軽くて捕球もしやすいので、軟式のキャッチボールにはぴったりでしたので、
親子でキャッチボールするときに親が経験がない場合の最初のグローブとしてもオススメです。
(試合などで使う場合、ミットの扱いになるので守備位置によって使えない規定もあるようですのでその場合はオールラウンドを選んでおくと無難です)

朝起きてからと寝る前にグローブを少しでも早く柔らかくしようと一生懸命な子どもたちの姿を見ていると、
与えられたものやことだけをそのままやるのではなく、自分が思うように試行錯誤していくことの大切さは言葉ではなかなか伝わらないことですから、
これを通してわかってもらえればいいなと思う今年のクリスマスです。

グローブ

(中学時代使っていた思い出のB球も20年がたち、今では旧規格になってしまいましたが、型付けに活躍してもらっています)

ちなみに長女にはサンタさんからたまごっちがもらえるようですが、世代には懐かしいですね。
当時ピッピピッピとひたすら世話に追われていた記憶がありますが、今のはどうなっているのでしょうか?

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2021/12/15 夜道も好き

先日久しぶりに中学の同級生数人で集まる機会がありましたので、数年振りに食事をしました。
野球部時代の先輩のお店にお邪魔させていただきましたが、
雰囲気が良くて、素敵なお店でした!
コロナ禍にも負けず変わらず元気に営業されている姿をみるとこちらも元気をいただけました。

普段私はお酒をなるべく飲まないようにしているので、久しぶりに飲むと数杯で充分ほろ酔いになるので、
長くいれないのが残念でもありましたが、まだまだ油断できない時期でもありますから「4人以内」を目安として、
後から合流するメンバーと入れ替わりで、
早め早めにと切り上げることとしました。

最寄りの地下鉄駅から自宅までは5km以上ありますので、普段であればタクシーを使うのですが、
早めに切り上げたこともあり、歩いて帰ることにしました。

私は結構冬の夜の人のいない道が好きで、
郊外の規則的に並んでいる街灯を見ながらひとり黙々と歩いていると、
なんとも孤独で寂しい気持ちになるのですが、
死後の世界はこういう感じなのかもしれないといつも思うのです。
(人によって死生観は様々ですからあくまで私の感覚的な話です)

ただ道を歩いているだけなのですが、
大げさに言えば氷点下にもなる冬ですから、泥酔して薄着でその場で寝込んでしまうなど、一歩間違えれば生死に関わることにもなるわけです。

そうならないようにいかに人は「生きるための生活をしている」ことを実感するのです。
社会では、人と人が手を取り合い、お互いに不十分なところを支え合って助け合いをしています。
それは家族でも友人でもそうですし、
生活面においては、結婚し、最愛のパートナーと生涯連れ添うことも生涯の上でとても大切なことだと思います。
でもだからといって助けてくれる相手に依存ばかりしていては、
もし仮に死後の世界、自分でたったひとり、長い長い時間の中、過ごさなければいけなかったとしたら、とても怖いことではないでしょうか。

生きているうちに、
たったひとりでも何とかやっていける努力をお互いにした上で、助け合えるような、
そんな関係性があれば、それは人間社会としてとても素晴らしいことではないかと思っています。

名ばかり民主主義の中、
多様性の世の中が叫ばれていますが、
それぞれ生き方の主張ばかりしていないで、
黙っていても他者から尊重されるような生き方が出来るか、が大切な気がします。
生き様、死に様という言葉がありますが、
「様」は「さま」とも、「ざま」とも読めるのですが意味は変わってきます。
最期に皆の心の中でどちらで呼ばれるか、
全て自分の心がけ次第ではないでしょうか。

久しぶりに会った同級生とは、
ありがたいことに、ずっとお互いに思いやりのもった関係性でいられていること、
それはたまたま同じ学校からだったという、
不思議な縁にただただ感謝していた、
そんな一日となりました。

親友たちへ
コラムを読んでくれていて、YOUTUBEやったら稼げるし伸びるんじゃないの?と助言してくれたその気持ち、めちゃ嬉しかったし、それを励みにコラム書き続けるよ!
(YOUTUBEは来年バンドのほうで!笑)
収益もなくマイナーな媒体で地道すぎるのは承知の上で、
金や権力、地位や名誉と関係ないところで活動しているのがモットーなので、
そこは変えずに来年も頑張ります!
(やっぱり帰り道歩きは吐き気と寒すぎでリアルに死にかけたのはナイショの話よ)

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2021/12/08 こたつでゲーム

先日の朝の気温が氷点下になり、ますます布団とこたつから出られない毎日です。

こたつといえばみかんというのがイメージですが、私が子どもの頃はこたつの天板をひっくり返すと緑色の天板で麻雀卓に早変わりするものを目にしましたが、
最近のこたつではオシャレなものが増えましたから、ゲーム用途のこたつというのはすっかり目にしなくなりました。

そんな中、
コロナ禍で外出することが少なくなったことで、家庭でのゲーム需要が増えたのか、
今年カードゲームに適したゲーミングこたつなるものが発売されました。
値段はそこそこするのですが、
カードゲーム以外にも使えそうですから、一家に一台あると便利ではないでしょうか。

少し前は将棋が一気にブームになりましたが、トランプにオセロ、かるた、チェスなど、昔から長く遊ばれているテーブルゲームは今でも家族でやると盛り上がりますね。

そんな中でも徹マンという言葉があるくらい、ついつい熱中してしまう人が多いのが麻雀ですが、
最近ではネット対戦が主流で、なかなか牌を手に取ることも少なくなり、
またギャンブルのイメージがありますので、
子どもに教えるのはいかがなものかという理由もあり、家族でやるゲームとしてはメジャーとはいえない理由のひとつかもしれません。

私自身は職場で教わったのですが、
結構性格や考え方が打ち方に出ますし、
周りの状況を読む能力が無ければ絶対勝てませんから、
言葉を交わさずとも黙々とやっているだけで相手のことが少しずつわかるようになるので、
下手な飲み会より有意義な時間だったのを覚えています。
言い換えれば、バンドのセッションとも似ているような感覚です。

点棒を取り合うゲームですから、賭け事が好きな人には取っつきやすいことから、そういうイメージが付いてしまっていますが、
賭け事が好きな人はゴルフだろうが、トランプだろうがやたらと賭けたがりますから、
やりたい人同士やってもらうこととして、
家族や子どもとやる時には、当たり前のことですが、賭け事にしなければいいことです。
個人的にはネットゲームのフォートナイトなどのバトルロイヤルやスマホゲーム課金によるマウント合戦より、点棒をやり取りしていた方がまだ健全ではないでしょうか。

麻雀を家庭で打つ場合、大変なのがルール、上がり役、点数計算、覚えることがとても多いことで、難しそうと敬遠されている理由のひとつでもあるかと思います。

形式が似ているドンジャラから初めてみたほうが絵柄を揃えるところからですから、子どもでも取っつきやすいのではないでしょうか。
ある程度流れさえ覚えれば、小学校高学年くらいからなら、麻雀のルールはある程度理解できますし、
簡単な役を少し覚えて、全員指定した役だけでしか上がれないようにすれば、大人も子どもも同じように遊べます。
それに応じて点数もざっくり一役につき1000点などでもいいと思います。

大事なことは自分の手役だけ見ていてはなかなかうまくいかないということを教えられれば面白さは充分に伝わると思います。

必要な道具は麻雀牌と、
麻雀卓の代わりにプレイマットがあればすぐ遊べます。
キティちゃんの牌とマットが出ているのでそういうのも良いかもしれませんね!
我が家では竹の背牌ですが、
ひとつひとつ微妙に柄が違うので、子どもたちいわく、わかるものは裏でわかるそうです(!)
子どもの観察力と記憶力は本当にズバ抜けていますのでこういう時羨ましいと思います。

お正月にこたつを囲んで和気あいあいとゲーム大会をするというのもこの季節ならではですので、準備しておくのもいいかもしれません。

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2021/12/01 考え方ひとつ

12月ということでまもなく今年もあと少しとなりました。
飲食店の友人によると、忘年会の予約が多少あるにせよ、
まだまだ客足は戻ってきていないようで、
それが数字に表れた結果が、飲みニケーション不要6割のデータでしょうか。

コロナ禍で飲酒について厳しい制限や、あまり良くないイメージが定着しているこの状況で、
それでも大勢の飲みに行きたがる人っていうのは根っから酒好きというより、
「飲み会の場」が必要で仕方のない人なのかもしれません。
職場で飲み会をしたがる理由としてよく聞くのが、飲みニケーションすることで、
上司部下関係なく普段言えないことを言いあうことにより距離が縮まり、円滑な人間関係が築けるとかそういったことなのですが、
だいたいそれを言ってる人は上司の立場の人である場合がほとんどだと思います。

部下の立場から本気でその上司とコミュニケーションを取りたいと思うのであれば、なにも飲み会である必要はないですから、
会社での飲み会が不要=付き合いたい上司がいないともとれるわけです。
本当の意味で飲まなきゃやってられないと思って参加しているのは部下の立場の人達なのではないでしょうか。

FPの観点からみると、家計を圧迫しているのは外食費が多いかあるいは、
飲み会などでいつの間にか使ってしまっている使途不明金などは例にあげられます。

飲み屋の儲けのほとんどはアルコールですから、翌日酒が抜けて冷静に飲み屋のレシートを見直すとよくわかると思います。
(見直す人はそう多くないと思いますが)
日々のちょっとした節約が一夜にして吹っ飛んでしまいます。

結果としてコロナ禍の教訓として、
不要な飲み会が減ることによってこれらの費用が抑えられますから、
その分家計節約でき、自分に必要なところにお金を使うことができるようになります。

ネットオークション、フリマアプリが出来てこの10年での個人でのネット売買が当たり前のように浸透していることもあり、
趣味の物や家電、服など、出品できる手元にあるものはお金に替えられるものとして考えられるようになってきています。
それに対して飲食や旅行は主に手元に残る物ではないため、そういったところばかりにたくさんお金をかけていると、
貯金も無ければ資産も無いということになってしまいかねませんから、
お金が余ってしょうがない人以外は、本来気をつけて使わなければいけないところではあります。

「少ない給料でコキ使われて、遅くまで働いて飲んで帰って何が悪い!」
その考え方を逆にして、
飲んで帰るのをやめれば、もっと少ない給料で余裕でやっていけるようになるので、
働く時間を短くするため仕事を変え、
余暇を楽しむことを考えた方が心身共に良いような気がするのは、
私だけでしょうか?
飲み屋で仕事の文句言っていても、
酔い潰れても、明日はやってきますし、
その仕事を選んだのは自分自身ですから、
なんの解決にもなりません。
我慢してまで自分を安売りするのではなく、
自分のやりたいことに力を使ったほうが、
好きな仕事に巡り会えると思います。

若者の酒離れと言われていますが、
真っ直ぐ考えれば当たり前の話で、
昭和のような、自分の足と電話でコミュニケーションをとっていた時代、
会食や飲み会で得たコネや人脈、それによる地位や富、そんな人は一生それに縋り付いて生きているように見えます。
まるで人を「盤上の駒」か何かのように見ている人、そんな人たちが金を持っているアピールをするとなぜか偉いとされ、
またそんな人たちは自らのプレゼンのために、何かと集まりがちで、バブルのような時代ならそれはそれでよかったのかもしれません。

様々なコミュニケーションが取れる今の時代で、
「違う盤上」として見ている景色の一つに過ぎない今の若い世代が、
その時代の生き方を羨ましいと本当に思っているのでしょうか。

既存の考え方にどっぷりで、
少しでも何かを良くしていこうという心構えのない人たちはコロナが収まったらまた会社の飲み会をやりだそうとするのではないでしょうか。
付き合いで参加する人たちは、
「他人の試合の盤上を観戦させられているに過ぎない」ことを主催者側は忘れてはいけません。
誘う以上は自分たちがやりたいからだけではなく、参加者全員を楽しませるくらいの気持ちでないと本当の意味での飲みニケーションにはならないのではないでしょうか。

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